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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)8732号 判決

判   決

東京都江東区深川平井町二丁目一番地

原告

大竹銀助

前同所

原告

大竹りん

右両名訴訟代理人弁護士

須藤敬二

同都中央区月島東仲道二丁目九番地

被告

日団金属興業株式会社

右代表者代表取締役

今野仲寅

同都中央区月島西仲通三丁目一〇番地

被告

今野仲寅

右両名訴訟代理人弁護士

滝沢国雄

松本義信

右当事者間の損害賠償請求事件について、次の通り判決する。

主文

一、被告等は、各自原告大竹銀助に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円、原告大竹りんに対し金七五〇、〇〇〇円及び右各金員に対する昭和三七年一一月一一日以降その各支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

三、この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告両名訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、(一) 訴外渡辺哲夫は、昭和三四年一〇月二九日貨物自動三輪車(六―は一、五四〇号、以下加害車という)を運転して深川木場方面から南砂町方面に向い進行中、同日午後二時一五分頃、東京都江東区深川東陽町一丁目三番地先都電洲崎停留所左横断歩道附近に於て、右自動車を訴外大竹孝二に衝突させ、同人をその場に轢き倒した。

(二) 同訴外人はこれにより腹腔内損傷の傷害を受け、よつて同日午後八時五分頃死亡するに至つた。

二、(一) 本件事故の現場は、自動交通信号機が設置され、横断歩道の標示の白線も鮮明な交叉点であり、訴外渡辺の進行方向道路中央には都電軌道が敷設されていて、交叉点手前に横断歩道に接して都電停留所の安全地帯が設置されている。同訴外人は右自動車を運転して事故現場附近にさしかかつた際、偶々右停留所に都電が到着していて、降車した数名の幼児が安全地帯上に佇立して居るのを認めた。

(二) この時、同訴外人の進行方向の交通信号は赤色を表示しており、また右自動車には最大積載量二トンを超える四、四トンの鉄屑を満載していたのであるから、自動車運転者たる同訴外人は、絶えず右幼児等の動静に注意すると共に、横断歩道上の歩行者の存否を充分確かめ、かつ万一危険の生じたときは、何時でも停車し得る程度に減速徐行して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたのである。しかるに同訴外人はこれを怠り、僅かに減速したのみで漫然進行したため、未だ横断歩道上にあつた前記孝二を発見した時には、もはや急制動の措置をとつても間に合わず、自動車を右孝二に衝突させてしまつたのである。従つて本件事故は畢竟訴外渡辺が右注意義務に違反して自動車を運行した過失によつて惹起したものである。

三(一)  被告日団金属興業株式会社は、鉄類の販売業を営む会社であり、被告今野はその代表取締役である。しかして訴外渡辺は、被告会社の被用者であり、被告会社の事業である鉄屑運搬作業に従事して、被告会社が運行の用に供していた前記自動車を運転中本件事故を惹起したものである。

(二)  従つて被告会社は、加害自動車を自己のため運行の用に供した者として、自動車損害賠償保障法三条本文の規定に基いて、また被告今野は被告会社に代り事業を監督していた者として、民法七一五条二項の規定に基いて、原告等が本件事故により蒙つた次項記載の損害を、それぞれ賠償すべき義務がある。

四、原告等及び訴外大竹孝二は本件事故によつて次の通りの損害を蒙つた。

(一)  孝二の財産上の損害

孝二は本件事故当時満四才一一ケ月の健康な男児であつて、厚生省大臣官房統計調査部刊行の昭和三一年度生命表によれば、右年令の男子の平均余命は六一年余であるから、同人は本件事故に遭遇しなければ将来なお右平均余命年数の間生存し、少くとも満二〇才から四〇年間は稼働可能な筈である。ところで労働大臣官房労働統計調査部刊行の第一二回労働統計年報によれば、昭和三四年度における常用労働者の給与平均額は金二一、九三三円であるから、若し孝二が生存して就労したとするならば、少くとも右平均給与額を下回ることのない収入を得ているものと考えられるので、これによつて四〇年間の収入を算出すれば総額金一〇、五二七、八四〇円となる。そして右総収入額から、公租公課相当額として右金額の一五%に見積つた金一、五七九、一七六円と、生活費として総理府統計局刊行日本統計年鑑による全都市平均勤労世帯の消費支出平均額である世帯員四、四一人につき一ケ月金二九、三七五円から割出した一人当金六、六六一円の四〇年間の総額金三、一九七、二八〇円をそれぞれ必要経費として差引けば、孝二の四〇年間の純益が算出されるから、同人が本件事故により死亡し、得べかりし利益を喪失した損害は金五、七五一、三八四円となる。これをホフマン式計算法(単式)により民法所定の年五分の割合による五五年間の中間利息を控除し、本件事故発生当時の一時払額に換算すると、金一、五三三、七〇二円となる。

原告等は孝二の相続人として各自平等の相続分をもつて孝二が取得したこの損害賠償請求権を承継取得した。

(二)  原告大竹銀助の財産上の損害

銀助は本件事故により孝二の病院費用として金二九、二〇〇円、葬儀費用として金一二四、九四三円、合計金一五四、一四三円を支払い、同額の損害を蒙つた。

(三)  原告等の精神上の損害(慰藉料)

原告銀助は有限会社大竹鉄工所の代表取締役の地位にあり、原告りんと共に永年に亘り中流程度の家庭生活を営んできた。そして孝二は原告等の二男であるが、同人は明朗快活な性格であつたため、両親の愛情も殊のほか深く、原告等は孝二のため特に専任の女中を雇つて愛育していた程であるから、同人の不慮の死亡によつて蒙つた精神的打撃は極めて大きく、これに対する慰藉料としては、各金四〇〇、〇〇〇円を以て相当とする。

五、従つて被告等に対し、原告銀助は前項(一)記載の損害賠償債権の二分の一に相当する金七六六、八五一円、前項(二)記載の病院費用等金一五四、一四三円及び前項(三)記載の固有の慰藉料金四〇〇、〇〇〇円合計金一、三二〇、九九四円の、原告りんは前項(一)記載の損害賠償債権の二分の一に相当する金七六六、八五一円及び前項(三)記載の固有の慰藉料金四〇〇、〇〇〇円合計金一、一六六、八五一円の各損害賠償請求権を取得した。そこで原告等は本訴により、右請求権の一部として、被告に対して、原告銀助が金一〇〇万円、原告りんが金七五〇、〇〇〇円並びに右各金員に対する損害発生の日の後である昭和三七年一一月一一日以降支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告等の抗弁に対し

被告会社主張の抗弁のうち第三項記載の事実は認めるが、その余の事実はいずれも否認する。被告今野主張の抗弁事実は否認する。被告両名主張の抗弁事実のうち、原告両名が本件事故に関し、自動車損害賠償責任保険金一九七、七七五円を受領した事実は認めるが、右保険金は既に原告両名に於て前記各損害賠償債権額より相当額を控除した上本訴請求に及んでいるものである。

と述べた。

被告等訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」旨の判決を求め、

被告会社訴訟代理人は答弁として

原告主張の請求原因事実のうち、第一項の(一)の事実は認めるが、同(二)の事実は知らない。第二項の(一)及び第三項の(一)の事実は認める。第四項中訴外孝二が原告等の二男であることは認めるが、その余の事実は否認する。第五項の事実は否認する。

と述べ、抗弁として次の通り主張した。

一、被告会社及び訴外渡辺哲夫は、自動車の運行に関して注意を怠らなかつた。

(一)  同訴外人は、昭和三二年被告会社の前身である有限会社今鉄商事に入社して以来、引続き極めて模範的な態度で被告会社に勤務している。被告会社は右事情から、同訴外人を自動車運転者として必要な注意力及び責任観念を有する者と認め、昭和三三年同訴外人に自動三輪車の運転免許を取得させたのである。そしてその後も運転については交通法規を遵守し、車体に故障や不備の点があれば申し出るよう常に注意するなど、その指導監督に綿密周到な注意を払つていた。

(二)  同訴外人は、本件自動三輪車を運転して本件事故現場に差しかかつた際、安全地帯上に数名の幼稚園児が佇立しているのを認めたので、絶えずその動静に注意しながら、時速二四〜五粁に減速し、自動車を歩道側に寄せて徐行して来たが、偶々進行方向の交通信号が青色に変つて先行車が発進したので、同訴外人もその儘、停車することなく、更に減速して万一危険の生じた時は、いつでも急停車し得るよう万全の処置を講じて進行しようとしたのである。ところが、同訴外人の自動車の右側に、同車と前記安全地帯との間を、同車より二〜三米先行中のタクシーが、安全地帯の最も交叉点寄りの処で急停車したので、同訴外人も、それにつれて、急制動の措置をとつたのであるが、その時右タクシーの直前を歩道に向つて歩り抜けようとした前記孝二が、安全地帯上に残つている他の幼稚園児達のほうを振り返りながら、全然自動車に注意せず、交通信号を無視して車道に飛び出したため、自ら急停車中の訴外渡辺運転の自動三輪車前部泥除け附近に衝突し、転倒して同車の左後車輪に接触したのである。従つて同訴外人は本件事故について何等の過失なく、右事故は同訴外人が自動車運転者として最大の注意を怠らなかつたにも拘わらず発生したものである。

二、本件事故は被害者及び運転者以外の第三者の過失によつて生じたものである。

(一)  先に述べたとおり本件事故は、被害者である訴外孝二が交通信号を無視し、進行中の自動車の間を縫つて車道に飛び出した過失によつて生じたものであり、自動車運転者にとつては不可抗力である。

(二)  次に本件事故は被害者等の監督者である双葉幼稚園教諭訴外大井よし江の過失によつて生じたものである。同訴外人は、当日被害者を含む多数の幼児を事故現場の停留所まで引卒して来たのであるが、これらの幼児を都電から降車させるに際しては、幼児が不用意に車道に飛出す危険のあることが充分予想されるから、万全の注意をして事故の発生を防止すべき義務があるにも拘わらず、被害者が電車の前部乗降口から降りるのを放置し、自らは漫然と後部乗降口から下車するなどその監督義務を怠つた過失によつて、被害者が車道に飛び出すのを制止することができず本件事故を惹起するに至つたのである。

(三)  また本件は究極するところ被害者の両親である原告等の過失に基いて発生した事故である。即ち被害者の如き幼児を、本件事故現場のような交通頻繁な場所を経て幼稚園に通わせる場合には、幼稚園教諭や、女中の送迎にのみ委せて事足れりとすることなく、原告等自身、監督者として、交通信号を遵守するよう注意するなど常に被害者を教育して、突発事故の発生を予防すべき義務があるにも拘わらず、原告等がこれを怠つた過失により、被害者が交通信号を無視して車道に飛出す結果を招き、よつて本件事故を惹起したのである。

三、本件自動車には構造上の欠陥も機能上の障害もなかつた。

被告今野訴訟代理人は答弁として、

原告主張の請求原因事実のうち、第一項の(一)の事実は認めるが、同(二)の事実は知らない。第二項の(一)の事実は認めるが同(二)の事実は否認する。第三項の(一)の事実は認めるが、同(二)の事実は否認する。第四項中訴外孝二が原告等の二男であることは認めるが、その余の事実は否認する。第五項の事実は否認する。被告会社主張の抗弁事実第一、二項記載の通り、本件は被害者等の過失によつて生じた事故であつて、訴外渡辺には過失がない。仮に同訴外人に過失があつたとしても、右過失は訴外孝二の死亡の結果との間に因果関係がないから、訴外渡辺には不法行為が成立せず、かつ被告今野は、同訴外人の使用者である被告会社に代つて事業を監督する者に該らないから、被告今野は本件事故に関して何等の責任もない。

と述べ、抗弁として次の通り主張した。

仮に被告今野が被告会社に代つて事業を監督する者に該るとしても、被告今野は同訴外人の選任及び事業の監督について相当の注意をなしていたのであり、本件は、相当の注意をなしたにも拘わらず発生した事故である。

被告等訴訟代理人は、答弁並びに抗弁として次の通り主張した。

仮に本件事故に関して、被告等が原告等に対し損害賠償責任を有するとしても、

一、原告等は親として子である被害者の得べかりし利益の相続を主張するのであるから、仮に被害者孝二の得べかりし利益の喪失による損害額が原告等主張の通りであつても、原告等が死亡した後と認められるところの原告等の平均余命年数経過後に被害者が得べかりし利益分まで相続し得る謂れはない。従つて此の分についてし原告等の請求は不当である。

二、原告等及び被害者孝二には前述の通り、それぞれ過失があるから、右過失を損害額の算定に際し斟酌すべきである。

三、原告等は既に自動車損害賠償責任保険金一九七、七七五円の支給を受けているから、相当額から差引くべきである。

証拠<省略>

理由

一、原告等主張の請求原因事実のうち第一項の(一)の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。しかして同(二)の事実(訴外大竹孝二の死亡)は、<証拠―省略>によつて容易にこれを認めることができ、これに反する証拠は全くない。

二、そこで、被告等の責任原因について審究するに、原告等は本件事故が前記自動車運転者訴外渡辺哲夫の過失ある行為によつて発生したと主張し、被告等は同訴外人の無過失と被害者である前記孝二等の過失を主張するので、先づ此の点について判断すると、当事者間に争いのない請求原因二の(一)の事実と、<証拠―省略>を綜合すると次の事実を認めることができる。

本件事故現場は江東区深川東陽町一丁目三番地先交叉点の西北隅に位置する幅員四米の横断歩道上であるが、事故当日訴外渡辺は本件加害車に鉄屑を満載し、時速約三〇粁の速度で深川木場方面から南砂町方面に向け運転進行して来た。この道路は、幅員三三米、歩車道の区別あるコンクリート舗装道路で、中央に幅員六米の都電軌道敷を通じ、その北側は車道の幅員が六、四米、歩道の幅員五、五米で、道路が右交叉点に接するところに都電軌道敷に沿つて延長二六、九米、幅員一、八米の都電洲崎停留所安全地帯が設置され、その東端にほぼ接近して鮮明な白色ペイントによつて右横断歩道が設けられている。同訴外人が同停留所附近に差しかかつた際は、その進行方向の交通信号は赤色であつたので、右安全地帯前方から時速二四〜五粁位に減速した。同訴外人はその頃右停留所に偶々同一方向に向つている都電が停車していて、幼稚園児数名が下車して安全地帯上に佇立しているのを認めたが、右横断歩道の数米手前まで進行した時、交通信号が青に変つたので、横断歩道を通過する際も、それ以上に特に減速徐行することなく、幾分自動車を北側歩道寄りにしてそのままの速度で進行しようとした。折から訴外大竹孝二は、前記園児等と共に双葉幼稚園教諭訴外大井よし江に引卒されて、同幼稚園からの帰途、前記停留所で都電から降車したのであるが、右孝二は右大井の指示を仰ぐことなく、独りで安全地帯から北側歩道に向い稍斜めに横断歩道を渡り始め途中から歩道に向つて走り出した。孝二が横断歩道を渡り始めた時横断方向の交通信号は青色であつたが、途中から走り出した時は赤色に変つていた。偶々訴外渡辺が横断歩道直前に差しかかつた際に、その右側安全地帯寄りにタクシーが一台停車していて同訴外人の右前方視界を遮つていたため、同人は横断途中から走り出した孝二が右側に停車中の右タクシーの前部から急に飛び出した瞬間、僅かに数米手前で発見したので、接触をさけるためハンドルを歩道側に切ると同時に急停車の措置をとつたが、間に合わず、横断歩道附近で三輪車の前部を孝二に衝突させ、同人をその場に転倒させた上、左後車輪で轢圧し、三輪車は更に数米前進して停止した。

被告等は、横断歩道を走り抜けようとした孝二が、安全地帯に残つている他の幼稚園児達の方を振り返りながら、全然自動車に注意を払わず、交通信号を無視して車道に飛び出したため、自ら急停車中の三輪車に衝突した旨主張するところ、成立に争いない甲第六乃至第八号証及び証人<省略>の供述中には、孝二が交通信号を無視して突然安全地帯から車道に飛び出したと認め得るような部分があるが、成立に争いない甲第一〇号証によると孝二が横断し始めた時横断方向の交通信号は青色であつたと認められ、また成立に争いない甲第九号証及び証人<省略>の供述によれば、孝二が横断し始めた時、訴外渡辺の進行方向の交通信号は赤色であつたこと、成立に争いない甲第一一号証によればその時都電から下車した数名の客が直ちに右横断歩道を横断し始め、同訴外人の進行方向の横断歩道直前には数台の車が停止していたことがそれぞれ認められることに照しても、孝二が横断し始めた時の横断方向の交通信号が青色であつたことは充分推認し得るのであり、従つてこれに反する前掲各証拠はたやすく信用できず、他に被告等主張の事実を認めるに足る証拠はない。

およそ自動車運転者たる者は、自動車を運転して横断歩道を通過しようとするときは、横断歩道上の歩行者の存否に充分注意し、安全を確認した上進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があり、この義務は自己の進行方向の交通信号が、横断歩道通過の際青色であつたと言う理由のみで免れ得るものではない。いわんや先に認定したように、訴外渡辺が横断歩道を通過しようとしたのは、その進行方向の交通信号が赤色から青色に変つた直後であるから横断歩道上に未だ歩行者が残存していることは充分予想可能な筈であるばかりか、横断歩道に接着する安全地帯上には都電から下車した数名の幼児が佇立して居たのを、それ以前に知つていたのであるから、なお一層の注意を払つて自動車を運行すべきであるのに、同訴外人は右注意義務を怠り、漫然二四〜五粁の速度で横断歩道を通過しようとしたため、横断歩道の被害者を発見した時には、急制動の措置をとつても間に合わす本件事故を惹起するに至つたのである。これを要するに本件事故は右渡辺の過失によつて生じたものと認めざるを得ない。

三、被告会社が、訴外渡辺運転の本件三輪貨物自動車を自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。そして同被告は自動車損害賠償保障法三条但書に規定されている免責事由を主張するけれども、運転者たる同訴外人に過失があつたことが先に認定した通りである以上、被告会社及び運転者が自動車の運行に関して注意を怠らなかつたとは言えないわけであつて、被告会社は、他の点について判断するまでもなく、目賠法三条本文の責任を免れえないものといわなければならない。

また被告今野が被告会社の代表取締役であること、同訴外人が被告会社の被用者であること、本件は同訴外人が被告会社の事業の執行に際し起した事故であることはいづれも当事者間に争いがない。被告今野が被告会社の業務一般について、同会社に代り事業の監督者たる地位にあることは、同被告が被告会社の代表取締役であることと、被告今野仲寅本人尋問の結果を併せ考えれば容易に認めることができ、これに反する証拠はない。

同被告は、同訴外人の選任及び事業の監督について相当の注意をした旨抗弁するが、同被告本人及び証人渡辺哲夫の各尋問の結果によつても、同被告が日常同訴外人に対し自動車を破損しないよう積荷を制限することや、乗車の際にブレーキの機能とオイルの有無を検査するよう注意していたことを認め得るに過ぎず、本件鉄屑運搬についても、被告今野は立会うことなく、本件自動車の鍵も被告会社の事務所に置いてあつて、同訴外人が自由に使用していたと言うのであるから、被告今野が右程度の注意をしたからといつて同被告が事業の監督について相当の注意をなしたとは到底認め難く、他に右抗弁事実を認めるに足る証拠はない。

してみると、被告会社は、自己のため自動車を運行の用に供した者として、自動車損害賠償保障法三条本文により、また被告今野は、被告会社に代つて事業を監督する者として民法七一五条二項により、訴外渡辺が惹起した本件事故によつて原告等が蒙つた損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

四、そこで進んで原告等の損害の有無及びその額について判断する。

(一)  孝二の財産上の損害

<証拠―省略>によれば、訴外孝二は、昭和二九年一一月二日生れ、従つて本件事故当時満四歳一一ケ月の普通程度の健康児であつたことが認められる。(尤も原告銀助は孝二が余り健康でなかつた旨供述しているが、成立に争いない乙第二号証、と証人<省略>の証言を併せ考えると、右供述は孝二が病弱者であつたとの趣旨とは認められない)

厚生大臣官房統計調査部刊行の昭和三一年生命表(甲第二〇号証)によれば、右年令の男子の平均余命は六二、五九年であるから、同人は本件事故に遭遇しなければ、将来なお右平均余命年数の間生存することができたものと推認でき、特段の事情の認められない本件においては、経験則上、同人は右余命年数の間に少くとも原告等主張の如く満二〇年から満六〇年まで四〇年間稼働可能と認めるのが相当である。しかして労働大臣官房労働統計調査部刊行の第一二回労働統計年報(甲第一九号証)によれば、昭和三四年度における常用労働者の毎月きまつて支給される給与平均額は金二一、九三三円であるから、同人は本件事故に遭遇しなければその稼働期間中毎月少くとも右平均額相当の収入を得ることができたものと推認でき、その右稼働可能期間中の総額が金一〇、五二七、八四〇円となることは計算上明らかである。

ところで総理府統計局刊行の日本統計年鑑(甲第二一号証)によると、昭和三四年度に於ける全都市平均勤労者世帯の消費支出額は、世帯員四、四一人につき一ケ月金二九、三七五円であるから、孝二の将来の一カ月の生活費は、右消費支出額の一人当金六、六六一円を超えないものと認められ事故当時より満六〇年まで五五年間の生活費の総額は金四、三九六、二六〇円となることが明らかである。原告等は生活費の外に孝二の将来の得べかり総収入からその一五パーセントに相当する金額を同人が将来負担すべき公祖公課として控除して同人の得べかりし純収入を算定するから(前記統計によると、公租公課が、総収入額の一五%を超えることはない)前記生活費の総額と前記総収入額に対する右割合の金一、五七九、一七六円とをいづれも前記総収入額から控除して、孝二の将来の得べかりし純収入額を算定するのが相当と認められる。

従つて、結局孝二が本件事故に遭遇し死亡したことにより喪失した得べかりし利益は、合計金四、五五二、四〇四円となるが、これをホフマン式計算方法(単式)によつて民法所定の年五分の割合による五五年間の中間利息を控除し、本件事故当時の一時払額に換算すると金一、二一三、九七四円(円以下切捨)となることが計算上明らかである。

原告両名が孝二の相続人として孝二の右損害賠償請求権を各二分の一宛相続したことは、成立に争いない甲第一号証によつてこれを認めることができる。

被告等は、原告等が親として子である被害者孝二の得べかりし利益の相続を主張するなら、原告等が死亡した後と認められる原告等の平均余命年数経過後に孝二の得べかりし利益まで相続する謂れはないから、此の分の金額を算定するのは不当であると主張する。一般に親の平均余命が子のそれよりも短いことは条理上当然のことであるけれども、ここで問題にしている孝二の得べかりし利益の算定とは、仮に孝二が事故によつて死亡しなかつたならば如何なる経過で被害者の財産が相続されるかと言う将来の相続関係を予想するためのものではなく、被害者の死亡によつて既に原告等のために開始した相続に基き、相続人である原告等が取得することになつた被害者自身の財産即ち、本件事故による同人の財産上の損害賠償請求権の価額を、事故当時客観的に予測し得るところの将来の事情に基いて算出認定することであつて、あくまででも事故当時の被害者自身について生じた損害額認定の一方法に過ぎない。従つて将来の相続開始を前提とするか若しくはそれを想定した上に構成された被告等の此の点の主張は理由がない。

(二)  原告銀助の財産上の損害

<証拠―省略>によれば、原告銀助は孝二の診療費として金二九、二〇〇円、葬儀費用として同原告主張の金一二四、九四三円を超える金員をそれぞれ支払つたことが認められるので、同額の損害を蒙つたものと認めるのが相当である。

(三)  原告等の精神上の損害(慰藉料)

訴外孝二が原告等の二男であることは当事者間に争いがなく、子である孝二の不慮の死によつて、その父母である原告等が極めて大きな精神的苦痛を受けたであろうことは、特に審案するまでもなく経験則上当然のことである。そして成立に争いない甲第一号証と原告等各本人尋問の結果とによつて認めることができる原告等の家族関係就中原告等は昭和二〇年に婚姻したのであるが、原告銀助が昭和二二年頃以来大竹鉄工場を経営して中流の平和な家庭を営んで来たこと、孝二は昭和二九年一一月二日原告等の三番目の子として生れたが、末子でもありまた明朗な性格の子であつたため原告等も特に可愛がり、原告りんが病弱でもあつたので出生以来専任の女中を附添わせて愛育していたことと、本件事故の態様その他諸般の事情を綜合すると、原告等に対する慰藉料としては、原告等主張の各金額はいづれも相当額の範囲を超えるものでないと認められる。

五、被告等は本件事故の発生については被害者等にも過失があるから、損害額の算定に際し過失相殺をなすべきであると主張するが、先に認定した通り本件は訴外渡辺の過失によつて生じた事故である。訴外孝二は横断方向の交通信号が青色の時、横断歩道を渡り始めているから、間もなく信号が赤色に変り、また途中から走り出したからと言つて、先に認定した事故の状況の下では、単にそれのみの理由で、横断歩道を横断中の被害者に衝突した自動車運転者の責任が減免される筈もなければ、第二の不注意として同人を問責すべき理由にもならない。また原告等及び訴外大井よし江に過失があると言う被告等の主張は、いづれも孝二が交通信号を無視して車道に飛び出した事実を前提とするのであるから、右の前提事実が欠ける前記本件事実関係の下では、その過失を認定する余地がない。

六、以上の事実に照せば、被告等に対し、それぞれ原告銀助は、第四項(一)に認定して孝二の得べかりし利益の相続による金六〇六、九八七円、同(二)に認定した葬儀費用等金一五四、一四三円同び同(三)に認定した固有の慰藉料金四〇〇、〇〇〇金合計金一、一六一、一三〇円の、原告りんは第四項の(一)に認定した孝二の得べかりし利益の相続による金六〇六、九八七円及び同(三)に認定した固有の慰藉料金四〇〇、〇〇〇合計金一、〇〇六、九八七円の損害賠償債権を取得したことが認められる。

原告等は既に自動車損害賠償責任保険金一九七、七七五円の支払を受けており、この事実は当事者間に争いがないが、原告主張の通り原告等がいづれも損害額から右保険金相当額を控除した残額の一部について本訴請求に及んだものであることは、原告等の主張によつて明らかである。

よつて前記損害の範囲内で、被告等各自に対し、原告銀助が金一、〇〇〇、〇〇〇円、原告りんが金七五〇、〇〇〇円と右各金員に対し、いづれも損害発生の日以後であることが前掲各証拠によつて明らかな昭和三七年一一月一一日以降各支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告等の本訴請求は全部正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項但書、仮執行の宣言について同法一九六条第一項を各適用して主文の通り判決する。

東京地方裁判所民事第二七部

裁判長裁判官 小 川 善 吉

裁判官 高 瀬 秀 雄

裁判官 田 中   弘

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